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東武熊谷線跡巡り
(2007.05.27)
廃墟、廃線 に浪漫を求めてお手軽な近所の東武熊谷線を巡ってみる。
東京方面からこの廃線跡を辿る場合は、熊谷駅を起点とするのだろうが、
群馬から辿ったので、妻沼東の中央公民館を起点として、南下した。
まずは文献を頼りに上熊谷駅から直線的に群馬県西小泉駅に繋がる道をピックアップし
ガーミンGPSにセットし、出かける。
廃線ルートはこっちを参照(約11キロ)
まずは妻沼聖天名物という事で、いきなり いなり寿司を購入する。
お店は3軒ほど在るらしいが、一番有名と思われる、聖天寿司で2パック購入。
ここはテイクアウト専門店であり、購入時にはパック数を告げるのみである、
しかし、まだ午前10時30分というのに、店の外まで行列が出来ていた。
うっかりしていると売り切れると聞いた事があるが、どうやらそうらしい。
ちなみに、小林寿司は太田の高林にも店舗を出しており、利根川のあっちとこっちでいなり寿司を販売している。
1パック430円の寿司パックを2つ買って、廃線巡りに向かう。
まずは中央公民館である。
ここには実際に使用していた、気動車かめ号が展示されている。
(いたずらが酷いので車内を見学する為には職員を呼び鍵を開けないとダメ
さすが、悪質な犯罪が多い熊○市周辺である。)
公民館ではちょうど妻沼線と熊谷空襲という展示を行っていた。(9/20まで展示)
まるで、熊谷線の廃線巡りに俺が来るのを予想していたのか?という程にタイムリーだった。
しかし、ここの情報を追加しても、妻沼駅跡は発見できなかった。
3本の松と緑十字の碑が目印らしいのだが、どうしても見つからない。。。
もしかして、道を間違ったのか?とも思ったが、とりあえず予定のルートを進む。
しばらくして、県道341とクロスする場所にでたが、そこで間違いでは無い事が確認できた。
どうやら、この地点から北は大幅に開発が進み、面影が無くなったと思われる。
17号と公差する場所までは農耕車のみ通行可能の看板が並ぶ、砂利道が続く。
砂利の粒は細かいし、かなりシッカリローラー転圧が掛かっているので、
ママチャリ級のタイヤだったら問題なく走破出来るだろう。
ちなみに16×1.5のトランジットライトのタイヤも問題なかった。
都合上、しばらくの間、トランジットライトは農耕車になった。(耕せないけどさ〜)
17号を過ぎると、歩道が整備されている。しかし、車道は通行止めであるし未舗装のまま
そして、雑草が生茂っているため、確かに”緑道”である。。。。
しばらく進むと唐突に亀のオブジェが現れ、”かめの道”に入ったことを示す。
かめの道は高崎線で一旦途切れてしまうので、熊谷よりの踏み切りで高崎線を越え、再び、かめの道に戻る。
南側のオーバークロスからは直ぐに、かめ号を形どったコンクリート製の休息所がある。
この休息所にはドアがついており、開けようとしてもドアが開かない。
見ると木ネジが数本締められており、完全に塞いであった。
窓から中を見ると、ベンチの一部が燃やされている・・・・
室内は物凄い埃が積もっている と 思ったが、直ぐに消火器の粉だと気づいた。
かめの道は上熊谷駅の手前で終了、なんかあっけないですな。
折角なので上熊谷駅に立ち寄ってみたが、ここが上熊谷駅であることを
どうやって確かめればよいのだろう。。。。どこにも表示が無いんですが???
それでもこの駅から秩父鉄道を利用する旅客がいる事実にビミョー感が漂う。
それにしても、持込禁止品の3、4が凄いですな。。。。。
今回遭遇したのは、旧国鉄101系→秩鉄1000系通勤型電車。
一応、熊谷線の始発駅が熊谷駅なのでそこまで足を延ばす。
熊谷の駅前は一応、人々で賑わっていた、さすが一応、新幹線が止まる駅である。
帰りは猛烈な向かい風が吹き始めて辛いのなんのってこの辛さは
北陸ツーリングを上回った!!さすが赤城おろしだぜ!!利根川を越えても凄い威力だ。
太田を国道407で北上中にミスタードーナツの匂いに釣られてしまい立ち寄る事にする。
店内は物凄い混雑であり、太田市民がドーナツ好きが多い事を物語る のか???
外人が多い街だからなのかね?てか、行列の99%は日本系の民でしたが。。。。うーん?
太田を過ぎて、薮塚に入るとますます赤城おろしが暴れまくる。
ので、東武の駅に避難などしてみる。
【三枚橋駅・・・無人駅過ぎる!!】
【治良門橋駅・・・薮塚級に立派だが、車道に駅の案内が無いのよ】
なんだかんだで、102Km 7時間の旅だった。
見学やら、道探しやらで手間取ったのでこんなもんでしょ?
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